studio-aulaの日記

長野県松本市、塩尻市、安曇野市などで活動する一級建築士事務所です。

『植治の庭』尼崎博正編 

studio-aula2005-07-06

植治が作庭した無隣庵は南禅寺にごく近い場所にある。
現在の左京区南禅寺周辺は京都市美術館京都国立近代美術館などが近接し適度な雑踏と寺院群の静けさがほどよく緩衝された場所に感じる。
南禅寺界隈はこの時代の流れと共に、別荘用土地売買という新しいビジネスの“かたち“の中で、新しい作庭の技術や感性と共に、現代で言うところの「商品価値」を高めていった。そして、特に植治の作庭した無隣庵が後まで京都の庭づくりに与えた影響は計り知れないものがある。
無隣庵は土地の形だけ見れば、魅力に欠ける変形地である。しかしこの場所の空間構成はアイストップの付け方や素材で実際よりも広がりのある土地へと変化させている。植治の絶妙なバランス感覚が濃縮された庭である。
『無隣庵は明治の元勲山縣有朋が購入し、明治27年から明治29年にかけて本格的に築庭
 が行われた。』と『植治の庭』尼崎博正編に書かれている。山縣も休みの度にここに来て
外にも出かける事もなく、植治に細かく作庭にあたって指示を与えていたそうだ。
私は春に初めて無隣庵を訪れた後、ガイドブックに誘われるまま、有名な南禅寺金地院に足を運んだ。無隣庵では庭園にも「鮮やかな色」が存在するのだと強く感じ、もう一度その感動を味わいたいという期待を持っていたのだが、あまりにも金地院の庭園は無色でその上説教をされているような息苦しささえ感じてしまった。
植治に無隣庵の作庭を依頼した山縣も京都に於ける庭園は少しも面白くないと語っている。
これまでの庭園は常に主役ではなかった。茶庭にしても回遊式庭園にしてもいつも何か
の脇役で盛り上げ役だったように感じる。それが無隣庵では主役の座を獲得し庭そのもの
を楽しみながらそれでいて手に届くような近い位置で感じられる存在へと変化を遂げているのだ。
それは素材感が自然風で滝石組の間にシダを植え、苔をやめ芝をはっていることが大きく影響している。もしもこの場所に意図しない植物が根を生やしたとしても違和感がないし又、それをも許してしまうような寛容な庭である。